Adobeの解約が増えている?クリエイター界の王者は「第二のインテル」になるのか

Xのタイムラインで「Adobeを解約した」という投稿を見かけた。それも一つや二つではない。明らかに増えている。

気になって株価を含めAdobeの現在の状況を確認してみた。すると、52週高値557ドルから現在は約333ドル、約40%も下落している。

「最近話題のCanvaにやられているのかな?」

そう思って調べ始めたところ、単なる競合の台頭ではなく、かつてインテルが辿った道と似た構造的な崩壊の兆候がAdobeにも表れていた。

解約ラッシュの引き金:Affinity完全無料化の衝撃

2025年10月30日、Canvaが買収したプロ向けデザインツール「Affinity」が完全無料化された。

これは衝撃的だった。

Affinity Photo(Photoshop相当)、Affinity Designer(Illustrator相当)、Affinity Publisher(InDesign相当)という3つのプロ向けツールが統合され、1つのアプリで使えて、しかも永久無料。高額なAdobe Creative Cloudの年間使用料が不要になる。

「裏はありません。機能削減版でもありません。落とし穴もありません」

CanvaCEOはこう明言した。

有料なのはAI機能だけで、それも月1500円。つまり、AI機能を使っても年間10万円近い節約になる。

個人クリエイター、小規模事業者、学生。彼らの一部が「もうAdobeいらないかも」と思い始めたのは十分理解できた。これが解約ラッシュの真相だ。

ただし、完全な互換性があるわけではない。

特にIllustratorのAIファイル形式での保存はできず、Adobeユーザーとの共同作業には制限がある。個人で完結する制作なら問題ないが、クライアントワークやチームでの協業が中心の場合は注意が必要だ。

ノンプロ市場を失うことが、なぜ致命的なのか

ここでクリエイティブ業界に詳しくない私にはある疑問が湧いた。

「プロ市場は健在なのだから、素人が離れても大した問題じゃないのでは?」

しかし、これは誤解だった。

「これまでの10年間、デザインのトレーニングを受けていないナレッジワーカーの99%に重点を置いていた」

Canvaがこう明言しているが、2024年5月時点で、Canvaの月間アクティブユーザーは1億8000万人を超え、年間売上高は23億ドルに達していた。しかも、フォーチュン500企業の95%が既にCanvaを利用している。

つまり、プロ市場は1%の少数派(単価は高い)で、ノンプロ市場は99%の大多数(単価は低いが数が圧倒的)なのだ。

Adobeは長年、この99%の層からも高額な使用料を取っていた。年賀状を作る人、SNS用の画像編集をする人、たまにしか使わない中小企業。

私自身もその一人だった。ちょっとした画像加工がしたくて、仕方なくPhotoshopを契約した経験がある。目的は達成できたが、その時に思った。

「この程度のことに、この値段か。しんどいな」

結局、数千円の買い切りでClip Studio Proを購入し、今も使っている。サブスクじゃなければ「とりあえず持っておくか」と思えるが、「もしかしたら使うかも」に備えて毎月課金されるのはどうにももったいない気がする。

そして今、この判断をする人が何百万人といるのだ。

崩壊するエコシステム:Illustratorファイルで納品が消えた?

Adobeの真の強さは技術力だけではなく、エコシステム全体の支配にあると私は思う。

学生 → Adobe使用 → 習熟
  ↓
プロになる → 当然Adobe継続
  ↓
業界標準化 → クライアントもAdobe指定
  ↓
印刷業者 → Adobe環境前提
  ↓
新人 → Adobe買わざるを得ない

この循環がAdobe帝国を支えていた。

そして、もう一つの囲い込み装置が「ファイル形式」ではないだろうか。

昔、オリジナルTシャツを作りたくてClip Studioで絵を描いた時、発注サイトには「Illustratorファイル(.ai)で納品」と書いてあった。なので諦めた。

でも最近は違う。JPGやPNGで普通に受け付けてもらえる店も増えた。これは些細な変化に見えて、実は決定的だ。

印刷業者も気づいたのだろう。「Adobe必須」と言い続けると客を失う。高解像度のJPG/PNGで十分な品質が出せるようになった。若いクリエイターに門戸を開いた方が得策だ、と。

「Illustratorファイルで納品」という要求が消えた瞬間、その分野ではAdobeの囲い込みの一角が崩れた。

今の学生や若手クリエイターの一部は無料のCanvaで学習をスタートし、Affinityで実践的スキルを習得する。そして彼らは、Adobeに触れる機会がなく、「Adobe高すぎ」という認識だけが定着していく。

このようにしてエコシステムの入り口が閉ざされつつあるのだ。

インテルの轍を踏むAdobe:独占企業の宿命

このAdobeの状況を見て、私は既視感を覚えた。

インテルだ。

かつてPC市場を「Intel Inside」で支配していた半導体産業の王者。性能向上が鈍化しても高価格を維持し、殿様商売を続けた。AMDが猛追してきても「うちは業界標準だから」と慢心した。

そして、気づいた時には手遅れだった。

Adobeとインテルの類似点を簡単にまとめると以下のようになる。

要素 インテル Adobe
独占体制 「Intel Inside」でPC市場を支配 「業界標準」としてクリエイティブ市場を独占
高価格体質 性能向上鈍化でも高価格維持(殿様商売) 強制サブスク化、値上げ(「Adobe税」)
競合の戦略 AMDがコスパと性能で追撃 Canva/Affinityが無料化でボリューム層を奪取
結果 エコシステム崩壊、市場縮小 エコシステム崩壊の危機、市場二極化

インテルも「サーバー市場は堅い」「データセンター需要は伸びる」「利益率は高い」と言われていた。しかし、結果はサーバー市場もAMDに侵食され、株価は長期低迷した。

数字が良いうちは誰も警鐘を鳴らさない。だが異変に気づいた時にはもう手遅れ。後から「なぜもっと早く対策しなかった」と言われる。

Adobeの2024会計年度売上高は約215億ドル、前年比11%成長。2025年6-8月期も売上高59.9億ドルで前年比11%増と好調だ。

しかし、株価は52週で約40%も下落している。この不思議な乖離が物語っている。

「売上は過去を、株価は未来を見ている」と。

プロ市場という最後の砦

それでも、Adobeには希望がある。

それはプロ市場だ。

おそらく、映画・テレビ業界はPremiere ProやAfter Effectsを使い続けるだろうし、出版・広告代理店はInDesignやPhotoshopを手放さない。大手企業は、コンプライアンス、セキュリティ、そしてサポート体制を重視する。

さらに重要なのは著作権配慮だ。企業は生成AIを使う際の著作権問題に過敏になっている。

Adobeが提供している生成AI Fireflyは学習データの出所を明示し、商用利用での法的リスクが低い。Stable DiffusionやMidjourneyにはないエンタープライズ価値があるのだ。

革新性よりも確実性と慣れ、何よりも信頼性・安全性を重視する層は今後もAdobeを選ぶだろう。

ここに、アナリストを含め投資家は底堅い魅力を感じているのだろう。

正直、私は今でもAdobe株を買いたいと思う瞬間がある。

エコシステムはイメージ以上に強固で、プロ市場は堅い。サブスクモデルも安定収益だ。今後はAI機能で単価向上の余地もある。現在の株価は下落後で、一見割安に見える。

でも、「注文する」のボタンが押せない。

買い評価をつけるアナリストが見落としているものとは?

多くのアナリストは、Adobeに「買い」評価をつけている。

彼らが見ているのは、直近の財務数字(売上215億ドル、成長率11%)、高い利益率(サブスクモデルの安定収益)、既存顧客の囲い込み(解約コストが高い)、AI機能への期待(Fireflyなどの新技術)といった指標だろう。

しかし、どうにも後ろ向きな指標ばかりだなと私は思う。

アナリストは以下の点を見落としてはいないだろうか。

1. 新規顧客獲得の失速

Canvaは2024年5月時点で月間1億8000万人のユーザーに達し、若い世代を総取りしている。

しかも、フォーチュン500企業の95%が既に利用しているという事実は、もはやノンプロ市場だけでなく、企業市場でもAdobeを脅かし始めていることを意味する。

2. エコシステムの崩壊

インテルの時も同じだった。数字が良いうちは誰も警鐘を鳴らさない。気づいた時にはどうしようもないほど手遅れになっている。

3. 株価の実態

Adobe株は52週高値約557ドルから現在約333ドルまで約40%も下落している。

つまり市場は既に気づいているのではないだろうか。アナリストの強気評価(平均目標株価452.75ドル)と現在の株価が大きく乖離しているのは、投資家の方が現実を見ているのかもしれない。

4. AIネイティブ企業の脅威

既存企業(Adobe)は、レガシーコードの重荷を抱え、既存顧客への配慮で急激な変化ができず、組織が硬直化し、「編集ツール」という発想から抜けられない。

対して、現在雨後の筍のように出現している「AIネイティブ企業」は、ゼロからAI前提で設計され、「編集」ではなく「生成」から始まり、身軽で意思決定が早く、ユーザーニーズに即座に対応できる。

例えば、将来的には「こんなTシャツデザインが欲しい→AIで一発生成」というようなことが当たり前になるかもしれない。

Adobeは「より良い編集ツール」を作ろうとしているが、そもそも編集が不要になる可能性があるのだ。

5. パイが大きくならない市場

デザイナーの総数は急増しない。プロ市場は限定的でノンプロ市場はCanvaに取られた。そして、AI生成でツールを使う人自体が減る可能性さえある。

つまり、市場が拡大しない。シェア争いはゼロサム。価格競争にも陥りやすい。

これは成長株として致命的だ。

投資で大事なのは、「良い会社」に投資することではなく、「成長する会社」に投資すること。

Adobeは今も「良い会社」だ。しかし「成長する会社」か?と聞かれると首を傾げざるを得ない。

創作の主役はツールから作品へと回帰する

結局、本質はここに行き着く。

創作物の主役は、Adobeではなく、作り手と受け手だ。

Adobeはツールを提供する黒子のはずだった。しかし、いつの間にかゲートキーパーになっていた。「Adobeを使えないとクリエイターじゃない」という空気さえ作った。

これは凄いことだが、本来、主役は作品であり、ツールは手段に過ぎない。どのような方法で作ったかより、何を作ったかが重要なはずだ。

この当たり前がようやく戻ってきただけだ。

クライアント側も変わってきている。「Illustratorファイルで納品してください」が「きれいなPDFならOK」になり、「Photoshopで作ってますか?」が「完成品が良ければ何でもいい」に変わりつつある。

「Adobeか、Canvaか」という議論が起こること自体、Adobe一強時代の終わりを示しているのではないだろうか。

Clip Studioで描いた絵がそのまま商品になる。これは、ツールの民主化であり、Adobe税からの解放であり、クリエイティブの本質(道具じゃなく作品)への回帰を象徴している。

肝心なのは仕上がりの創作物だ。自分のイメージ通りにできれば安いに越したことはない。

結論:Adobeの未来はそんなに明るくない?

身軽で貪欲なAIネイティブの企業も今後出てくるだろう。パイ自体を大きくもしにくい業界だ。

やはり、Adobeの未来はそんなに明るくないというのが私の正直な感想だ。

プロ市場という最後の砦はある。しかし、それはインテルがサーバー市場に逃げたのと同じで、「栄光ある縮小」に過ぎないかもしれない。

成長市場(ノンプロ層、AIネイティブ層)を失い、守りの市場(プロ市場)に逃げ込まざるを得ない。そして、主役はツールから作り手と受け手に回帰しつつある。

今後劇的な何かがなければ、Adobeのブランド力による高額課金モデルは緩やかに崩壊へと向かっていくだろう。

私自身、時々Adobe株を買いたい衝動に駆られるが、投資するならバリュー株として検討し、ポートフォリオの主力にはしない方が賢明かもしれない。

インテルが最高益を更新した翌年に転落した事例は、Adobeがまさに今、その分岐点に立たされていることを示唆する。数字が良い今だからこそ、警戒すべきなのだ。

政治・経済
執筆者
メディウス

日常生活の中で感じた世情や政治経済について綴っています。政治に関してはかつては過激な右寄りでしたが、今はさまざまな経験を経てバランスの取れた視点を目指しています。また、私自身が低年収層の当事者として、庶民目線での発信を心がけています。2級FP技能士、宅地建物取引士。

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