「ステーブルコイン参入!」
2025年に入ってから、日本のグロース上場企業などのこうした発表をよく目にするようになった。
「Web3時代の決済革命」「新しい経済圏の創出」といった言葉も飛び交っている。
一方で、金融庁が承認した日本初の円建てステーブルコイン「JPYC」も動き始めた。大手企業との実証実験も進んでいるようだ。
現在注目されているステーブルコインは本当に日本で成功するのだろうか。
構造を調べてみると、確かにグローバルで展開されるドル建てステーブルコインには明確な将来性がある。しかし、日本版は構造的に極めて厳しい、というのが私の感想だ。
ステーブルコインとは何か
まず、基本を押さえよう。
ステーブルコインとは、ドルや円など法定通貨に価値が連動するように設計された暗号資産だ。
ビットコインのように価格が乱高下せず、「1コイン=1ドル(または1円)」の安定性を保つことを目指している。
ただし、実現方法はいくつかある。
主な種類
法定通貨担保型(Circle、Tetherなど)
- 1ドルの預金に対して1コインを発行
- 最も安全性が高いとされる
- ただし発行体の信頼性に依存
暗号資産担保型(DAIなど)
- イーサリアムなどを担保に発行
- 分散型で透明性が高い
- ただし担保の価格変動リスクあり
アルゴリズム型(過去のTerraUSDなど)
- 担保なし、需給をアルゴリズムで調整
- 効率的だが、ペッグ崩壊のリスクが極めて高い
- 実際にTerraUSDは2022年に崩壊
この中で、私が注目しているのは最も安全性が高く市場シェアも大きい「法定通貨担保型」のステーブルコインだ。
現在、世界の主要な法定通貨担保型のシェアは、TetherとCircleの2社だけで市場の約90%を占めている。
- Tether(USDT):約60%(1位)
- Circle(USDC):約30%(2位)
- その他:約10%
Circleの「安定したビジネスモデル」
数ある法定通貨担保型の中でも私はCircle社のUSDCに魅力を感じている。その理由は安全性、透明性、収益性の3つだ。
USDCの仕組み
ユーザーが1ドルを預けると、Circleは1USDCを発行する。そして預かった1ドルを米国債で運用し、現在約5%の高金利による利息収入を得る。この運用益で固定費を賄うことができるため、ユーザーへの手数料を限りなくゼロに近づけられる。
これは「金融版サブスクリプション」とも呼べる安定感を生む。
発行残高が増えれば増えるほど、運用に回せる資金が増え、利息収入も増大する。手数料を安く抑えられるから普及する。普及するから規模が拡大する。この好循環がCircleの強さだ。
また、Circleは規制当局との協調路線を取り、透明性も高い。準備金の運用先を短期米国債に限定し、定期的な監査も受けている。
現在のCircleの株価は順調とはいえないものの、この安全性の高さと明確な収益モデルは投資家にとっても理解しやすいだろう。
日本版が直面する致命的な問題
ここで、日本に目を向けよう。
日本で発行される円建てステーブルコインも、基本的には法定通貨担保型を採用している。つまり、仕組みはCircleと同じだ。
2025年、金融庁が承認した「JPYC」は確かに画期的だった。しかし、ビジネスとして見ると、構造的な限界が浮かび上がる。
問題1:運用益が極端に少ない
Circleの場合、預かった資金を米国債で運用し年利約5%の巨額の利息収入を得られる。しかし日本版の場合、預かった資金を日本国債で運用しても、年利が極端に低く利息収入はほぼゼロだ。
日本の超低金利政策により、円建てステーブルコインは主要な収益源を持てない。
この差は決定的だと思う。
問題2:既存サービスが強い
日本には既に便利な決済手段が普及している。
例えば、PayPayや楽天ペイは無料でポイント還元もあり、Yahoo!や楽天の巨大な経済圏と深く結びついている。また、SuicaやPASMOは便利で既に普及済みで、クレジットカードには後払い機能とポイント還元がある。
現在のところ、消費者がこれらの便利でお得なサービスから乗り換えるメリットが浮かばない。
問題3:規制コストは同じ
日本版ステーブルコインは運用益は限りなく少ないのに規制対応のコストは米国並み、あるいはそれ以上だ。
システム開発費、セキュリティ対策、コンプライアンス(KYC/AML)、金融庁への定期報告など、固定費は確実にかかる。
収益極小、コスト高。この時点でビジネスとして成立するのは難しい。
日本の規制(資金決済法)では、全額預金保全などが求められ、事実上、運用益の獲得が困難になる点も構造的な制約である。
問題4:手数料を取るのは困難
運用益がないなら手数料で稼ぐしかない。しかし、手数料を取った瞬間、ステーブルコイン最大の価値である「圧倒的な低コスト」が失われる。
手数料を取れば既存サービスとさらに差別化できなくなり、手数料を取らなければ赤字が継続する。どちらを選んでも詰んでいる。
これが、日本版ステーブルコインの構造的な罠である。
可能性がゼロではない分野も
ここまで「消費者向け決済手段」としての日本版ステーブルコインの厳しさを指摘してきた。しかし、全ての可能性が閉ざされているわけではない。
まず、B2B/企業間決済分野では可能性がある。
銀行営業時間外の即時決済、スマートコントラクトによる支払いの自動化、複数企業間での資金プールの効率化など、既存の銀行システムが抱える非効率性を解決する用途であれば、運用益がなくても成立する可能性がある。鹿島建設がJPYCを活用した実証実験を始めたのも、この方向性だ。
次に、Web3サービス内での利用も考えられる。
暗号資産取引所やNFTマーケットプレイスなど、Web3ネイティブなサービス内で、法定通貨への換金を介さずに使われる場合、一定の需要は見込める。
そして、将来の金利上昇があれば状況は変わる、かもしれない。
もし日本の金融政策が大きく転換し、金利が上昇すれば、この記事の前提である「運用益極小」問題は解消される。ただし、現時点ではその可能性は極めて低い。
つまり、日本版ステーブルコインの活路は「一般消費者の店頭決済」ではなく、「B2B」や「Web3内の限定的な用途」に絞られるだろう。
市場規模は限定的になるが、これらの分野で地道に実績を積み重ねることが、現実的な道筋ではないかと私は思う。
しかし、それでも「グローバルな決済革命」といった壮大なビジョンとは程遠い。そして、後述する便乗組企業が発表するような「新しい経済圏の創出」は、やはり実現困難だ。
「便乗組」の実態
こうした構造的問題があるにもかかわらず、複数の企業がステーブルコインへの参入を表明している。
ステーブルコイン参入のふわっとした発表内容
「独自ステーブルコイン○○コインを発行予定」「デジタルエコシステムを構築」「新しい経済圏を創出」「2026年度中のサービス開始を目標」
一見、革新的に聞こえる。しかし、よく読むと重要な情報が抜け落ちている。
具体的な収益モデルの記載はなく、運用益極小問題への対処にも触れられていない。なぜユーザーが使うのかは不明で投資金額も未定、免許取得の見込みも未定だ。
つまり、「構想を検討することを決議した」だけ。何も決まっていない。
ダボハゼ系企業の株価対策
なぜこのような発表をするのか?その理由は株価対策でまず間違いない。
本業が頭打ちになり、新しい成長ストーリーが必要になる。そこでバズワードに手当たり次第飛びつくのだ。
これによって株価が一時的に上昇する(かもしれない)。しかし数ヶ月経過しても「関係各所と協議中」と言うだけで何も進んでいない。そして1年後には「市場環境を鑑み、慎重に…」と事実上の撤退を発表する。
これは過去に何度も繰り返されたパターンだ。
- 2017~2018年:ブロックチェーン事業
- 2020~2021年:DX・AI推進
- 2021~2022年:NFT・メタバース
そして今は生成AI・ステーブルコイン。どれも同じような結末を迎えた。
このような企業を私は「ダボハゼ系企業」と呼んでいる。実態よりもイメージを重視し、話題性の高い事業に貪欲に飛びつく。株主や採用市場向けのポーズが主目的で、収益性は二の次だ。
発表してからすぐは投資家界隈で話題になるが、数年後には静かにサービス終了のお知らせ。投資家は「あれ、どうなったんだっけ?」と首を傾げることになる。
本気度を見分ける方法
もし企業が本当に本気なら、具体的な説明ができるはずだ。
「現在、決済手数料に年間XX億円かかっている」「ステーブルコイン導入でXX億円削減できる」「削減した資金で○○サービスを開発する」「ユーザーは××のメリットを得られる」「投資額はXX億円、回収期間はX年」
具体的な数字と因果関係が説明できて初めて、ビジネスプランと呼べる。しかし実際の発表には、これらが一切ない。
瞬時に理解できるかどうか
優れた新規事業には共通点がある。それは発表を聞いた瞬間に理解できることだ。
例えば、もしトヨタが「バイク事業に参入」と発表したとしよう。普通の投資家なら5秒で理解できる。トヨタならエンジン技術が世界最高レベルで、生産管理のノウハウも持っている。これは競争力のあるバイクが出るな、と。
本業の強みが活きることが瞬時にわかるから、投資判断もできるのだ。
しかし、例えばマーケティング会社が「ステーブルコイン発行」と発表したらどうだろう。投資家は困惑する。
本業と関係あるのか?金融の経験は?どうやって儲けるのか?理解できない。本業の強みが見えない。だから投資判断もできない。避けるべきだ、となる。
優れた企業の新規事業は、本業の強みが活きるから成功する。関連性のない新規事業への参入は、経営の敗北宣言に等しい。
こんなものに頼らなければいけないくらい会社の柱がない状態なのだ。手あたり次第話題性のあるものに飛びついて、どれかで関心を引ければという姿勢は、戦略がないことの表れだ。
まとめ
では、まとめよう。
ステーブルコインというシステム自体は興味深く、特にグローバル市場(基軸通貨ドル)で展開しているCircle(USDC)は魅力的だと思っている。
安全性、透明性、収益性。今後もこの3つを高いレベルで実現できるなら将来は明るいだろう。
しかし、日本版ステーブルコインは、収益モデルが不透明で、既存サービスとの差別化が困難なため、将来性は厳しいというのが私の正直な感想だ。
もちろん、本命であるJPYCは規制対応と実証実験を通じて現実的な道筋を模索しており、金融庁承認第1号という実績もある。
大きな成長は見込めないかもしれないが、金融機関の「防衛的投資」や「B2B分野特化」で、細々と、また限定的ながら生き残る道はあるかもしれない。
便乗組(ダボハゼ系)の将来性に関しては論外だとしかいいようがない。
具体的なビジネスプランがなく、本業との関連性も薄いならなおさらだ。株価対策のための発表で、数年後には撤退の可能性が大きいだろう。
イナゴタワー狙いの遊び感覚なら理解はできるが、投資対象として避けるべきなのは間違いない。
