
NHKスペシャル病の起源
2014年、NHKが教えてくれたこと
番組で知ったことの一つは、うつ病の原因が扁桃体にあるという事だった。
扁桃体は情動反応の処理と記憶において主要な役割を持つ、アーモンド形の神経細胞の集まりだ。
この扁桃体が「天敵」「孤独」「記憶」「言葉」といったもの(扁桃体暴走4要素)から刺激を受け、ストレスホルモンを過剰に分泌する。過剰に分泌されたストレスホルモンが脳の神経細胞を破壊し、脳を委縮させるらしい。
そして、これらに対抗するキーワードは「平等」と「人と人の関係」。
番組ではうつ病の始まりはメソポタミア文明からだと言っていた。
狩猟採集型の社会では、獲物を皆で狩って平等に分け合っていた。しかし農業の始まりにより穀物の生産性が上がり、余った穀物は富となる。その富は力のある者(階級の高い者)に集まり、「持つ者」と「持たざる者」という格差を生み出した。
この格差は様々な負の要素を生み出し、「持たざる者」はたくさんのストレスを受ける事になり、うつ病になってしまう。
証拠として、アフリカのハッザ族という狩猟民族はどんなにお腹が空いていても絶対に皆で獲物を平等に分けており、うつ病など皆無という事だった。
次に「人と人の関係」。ドイツでは田舎で生活している人と都会で生活している人のストレスホルモンの量は都会の人がはるかに多いというデータがある。
田舎では近所の80%以上の人が顔見知りで共に支え合って生きているのに比べ、都会では80%の人が顔も知らない人で人と人のつながりが希薄というのが影響しているらしい。
では、うつ病にならないようにするには皆が平等な社会を創ればいいのだろうが、そんな事ははっきり言って不可能だ。
資本主義が絶対的に強いこの世界では共産主義など夢物語であり、社会主義すら実現していない。平等どころか今後はさらに都市が拡大し、貧困が深刻化していくだろうからますますうつ病の人が増えていくのは容易に想像できる。
嫌な世の中だなとつくづく思った。
私のうつ病体験
うつ病は一度なってしまうと元の生活に戻るのは難しい非常に厄介な病気だ。
私は10年程前(2002年頃?)、仕事中に急に胸が苦しくなり、手足がしびれる症状がでたので急いで病院に行って検査したが何も異常がなかった事が始まりだった。
数日後、今度は運転中に頭が痛くなり、意識を失いそうになって、これまた急いで脳の検査をしたが全く異常がなかった。
その後も寝ている時、急に電気が体中を走ったような感じになって目覚めると急に胸が苦しくなり異常な汗が出て救急車で病院に行ったのだが、これまた異常なしだった。
こんな発作が数日おきにでるようになり、とてもではないが仕事に行けなくなった。
それからますます症状は酷くなり、原因が分からない事の恐怖などから頭がおかしくなりそうだった。
さらに幻覚や幻聴までも聞こえてくるようになり、何かが自分を狙っているという強迫観念が強くなってきて刃物を抱いて寝ていた事もあった。
そこまで酷くなってから毎回のように行っていた病院の看護師さんがもしかしたら精神的なものかもしれないと教えてくれ、心療内科を紹介してくれた。結果はうつ病だった。
発作がでた時や眠れない時用にソラナックスという薬をもらい、治療用にはSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)という物に分類されるパキシルという薬を使用した。
これらを飲むと頭がぼーとして何も考えられなくなり、やる気が全くなくなってしまったが、確かに症状は全て治まった。
それから1年程薬を飲み続けたが、薬が効いている間はぼーとしていたり眠気がくると寝るだけの生活で生きているのか死んでいるのか分からないような状態だった。
しかも薬が切れるとめまいや頭痛、吐き気が酷くなり薬なしではとても生活ができなくなってしまった。
ある時、妻が先生にいつまで飲み続ければいいんですかと聞くと、先生はいつまで飲めば終わりかは分からないがどちらにしても仕事に戻るのは非常に厳しいから精神障害者保健福祉手帳の申請をすれば少しでも生活の助けになると言い、妻が泣いていたのを覚えている。
貯蓄がそこそこあったので障害者手帳の申請はしなかったが、さらに1年後には貯蓄はほぼ0になってしまった。
その時、このままではいけないという気持ちが急にでてきた。自分一人ならのたれ死んでも構わないが家族がいるのだから自分がなんとかしなくてはと思うようになった。
まずは思考を停止させる薬をやめなくては思い、先生に相談したがずっと飲み続けなければいけないと大反対された。
だが薬を飲み続ければ絶対社会復帰はできないと思ったので、自分でカッターで削って少しずつ少しずつ量を減らし2ヵ月程度でやめる事ができた。
それから運よく仕事に就き、少ない給料ながらなんとか頑張っている。
あれ以来抗うつ剤は一切飲んでいないが、年に1回くらいパニック障害がでるので財布にソラナックスを1錠だけお守り代わりに持っている。
今思うと、私がうつ病になった原因は格差やプライドの高さ、将来に対する不安だったと思う。
学生時代は成績もそこそこ良かったが、自分より成績の悪かった友人が待遇の良い企業に就職し自分の何倍もの収入を得ていた事に対する妬みや僻み、将来性のない仕事でいつ職を失うか分からないという不安が大きな要因だったような気がする。
それから11年:何が変わったのか
パキシルの真実:私が知らなかったこと
11年経って、私が飲んでいたパキシルについて多くのことが分かった。
パキシルは、SSRIの中でも特に離脱症状が強い薬だった。
調べて分かったこと
- 離脱症状が極めて強い: SSRIの中で最も離脱症状が起きやすい
- 血中濃度の変化が激しい: 増量すると一気に上がり、減量すると一気に下がる
- 独特の離脱症状: 「シャンビリ感」と呼ばれる、頭に電気ショックが走るような感覚
- 長期化するリスク: 離脱症状が月単位で続くこともある
離脱症状の具体的な症状
- しびれ、耳鳴り、めまい、頭痛、吐き気、だるさ
- イライラ、ソワソワ感、不安、不眠
- 歩行障害
私が「カッターで削って」薬を減らしたのは、結果的に正しかった。急にやめていたら、もっと酷い離脱症状に苦しんでいただろう。
医師が「ずっと飲み続けなければいけない」と言ったのは、離脱症状の強さを知っていたからかもしれない。しかし、それを患者に説明しないのは問題だ。
思考の「詰まり」:これも薬の影響か?
あの薬を飲んでから、思考時に「詰まり」が出るというか、以前よりもうまく頭が回転しなくなったイメージがある。
これは私だけの感覚ではなかった。
2025年2月、スウェーデンのカロリンスカ研究所が研究結果を発表した。
ただし、この研究は「認知症患者」約18,740人を対象にしたもので、健常者や一般的なうつ病患者への影響とは異なる可能性がある点に注意が必要だ。
研究では、特に3種類のSSRI(セルトラリン、シタロプラム、エスシタロプラム)の使用者で、非使用群に比べ年間で平均0.39ポイントの認知機能低下が観察された。ただし、これは相関関係であり、直接的な因果関係を証明したわけではないと研究者自身が注意を促している。
パキシルは直接この研究には含まれていないが、同じSSRIであり、離脱症状も最も強いことを考えると、認知機能への影響の可能性も気になるところだ。
公平に言えば、健常者を対象にした研究では「SSRIの長期服用によって、臓器に深刻なダメージを与えたり、認知機能が低下したりといった重大な影響が必ずしも生じるわけではない」とも報告されている。
つまり、認知症患者での影響と健常者での影響は別問題として理解する必要がある。
しかし私の実感として、「詰まり」は確かにある。これが薬のせいなのか、うつ病そのもののせいなのか、加齢のせいなのか、今となっては分からない。
新しい治療法の登場
11年で、うつ病の治療法は進化した。
薬物療法以外の選択肢
- rTMS(反復経頭蓋磁気刺激): 2019年6月日本で保険適用。磁気で脳を刺激する治療法
- エスケタミン点鼻薬(スプラバート): ケタミン由来の新しい抗うつ薬。2019年米国承認、2020年日本承認。従来と異なる作用機序
- 認知行動療法(CBT)のオンライン化: 通院不要
- マインドフルネス認知療法(MBCT)
- デジタル治療アプリ: 保険適用も
もし当時の私がこれらの選択肢を知っていたら、パキシルを飲まずに済んだかもしれない。
特にrTMSは、薬を使わずに脳を直接刺激する治療法だ。副作用も少なく、薬物療法に抵抗がある人には選択肢になる。
社会はどう変わったか:格差は拡大、孤立は深刻化
NHKが指摘した「平等」と「人と人の関係」——この2つは、11年後、さらに悪化していた。
格差の拡大
| 指標 | 2014年頃 | 2021年(最新データ) |
|---|---|---|
| ジニ係数(再配分所得) | 0.33程度 | 0.381(過去最悪レベル) |
| 相対的貧困率 | 悪化傾向 | さらに悪化 |
| うつ病患者数 | 約110万人台 | 約130万人超(推定) |
※ジニ係数は厚生労働省の所得再分配調査(3年ごと実施)による。最新は2021年データ。
中間層は崩壊し、「持つ者」と「持たざる者」の差はさらに開いた。
2014年に私が感じていた「妬みや僻み、将来への不安」。これを感じる人は、11年後、もっと増えているだろう。
孤立の深刻化
「人と人の関係」も悪化した。
- 働き方の変化: リモートワークの普及で、人との接触が減った
- ギグエコノミーの拡大: 不安定な雇用、孤独な働き方
- SNSの普及: つながっているようで、実は孤立している
ドイツの研究で「都会では80%の人が顔も知らない人」だったが、2025年の日本では、同じマンションに住む人の顔すら知らない人が増えている。
コロナ禍の影響(2020-2023)
コロナ禍は、孤立を決定的にした。
- メンタルヘルスの悪化
- 「コロナうつ」の急増
- 孤独死の増加
しかし一方で、精神疾患への理解は少しだけ進んだ。著名人がカミングアウトするようになり、「うつ病」がタブーではなくなりつつある。
新たなストレス源
2014年にはなかった新しいストレスも登場した。
- SNSによる比較: 他人の幸せな投稿を見て劣等感
- AIと雇用不安: 自分の仕事が奪われるのではないかという不安
- 気候不安: 若者を中心に、未来への不安
ポジティブな変化:理解は進んだ
しかし、すべてが悪化したわけではない。
メンタルヘルスへの理解
- 2014年: タブー視、「甘え」と見られた
- 2025年: オープンに語られる雰囲気(まだ不十分だが)
企業の取り組み
- ストレスチェック義務化(2015年〜)
- メンタルヘルス対策の充実
- ただし形だけという問題も
支援制度の拡充
- 障害者雇用促進法の改正
- 精神障害者保健福祉手帳の利用者増
- 自立支援医療の普及
ホームレスとメンタルヘルス:変わらない現実
2014年の記事で、私はこう書いた。
11年経って、この状況は改善されただろうか?
否。生活困窮者自立支援法が2015年に施行されたが、ホームレスの精神疾患率は依然として高いままだ。
お金と精神は密接に関係している。
貧困がうつ病を生み、うつ病が貧困を生む——この悪循環は、11年経っても断ち切れていない。
2025年版:それでも変わらないこと
11年経って、私は思う。
NHKが指摘した「平等」と「人と人の関係」。これは今も正しい。
私がうつ病から立ち直れたのは、番組で言っていた「平等」と「人と人の関係」によってではなかった。
私が立ち直れたのは
- 仕事から完全に離れて数年休めるだけの貯蓄があった
- 堕ちる所まで堕ちた時に、自分は他人より劣る存在だという事を認められるようになった
- 養わなければならない家族がいた
しかし、もし貯蓄がなかったと思うとゾッとする。
生きていく為には働かなければいけない。生活保護という手もあるだろうが、その選択ができない人も多いだろう。現に私はその選択ができなかった。
働かなければ生きていけないのに、仕事がうつ病の原因ならストレスから解放される為にはその環境から離れるのが一番なので働く事ができない。一体どうすればよいのだろう。
テレビではストレスがない状況をつくり、TLC(生活改善療法)を行う事によってうつ病の予防や治療ができると言っていたが、結局は生活に余裕がなければ難しいのではないだろうかと思ってしまう。
まとめ:11年で分かったこと
変わったこと
- 治療法の進化: 薬以外の選択肢が増えた(rTMS、ケタミン、デジタル治療)
- 理解の進展: 精神疾患がタブーではなくなりつつある
- 支援制度の拡充: ストレスチェック義務化、障害者雇用促進
変わらなかったこと(むしろ悪化したこと)
- 格差の拡大: ジニ係数は0.381(2021年)と過去最悪レベルに
- 孤立の深刻化: コロナ禍で決定的に
- お金と精神の関係: 貧困とうつ病の悪循環
- 薬への依存: パキシルのような強い薬が今も処方され続けている
私の結論(2025年版)
私は番組で言っていた「平等」と「人と人の関係」によってうつ病から立ち直れたわけではないように思うが、もしこの世が平等で妬みや僻みがなく、将来に不安を持つ事もなく、他人との関係を良好に保つ事ができればおそらくうつ病にはならないだろうなと思う。
不可能な事は分かっている。
しかし、せめて一人一人が、身近な人の孤立に気づき、手を差し伸べることはできるかもしれない。
そして、もしあなたがこれからうつ病の治療を始めるなら、薬を飲む前に、他の選択肢も探してみてほしい。
パキシルのような強い薬は、症状を抑えるが、代償も大きい。
11年経っても、私の頭の「詰まり」は治っていない。

