2013年、全国を駆け巡った「偽装」の波
2013年10月、阪急阪神ホテルズが運営する23店舗でメニュー表示と異なる食材を提供していたことが発覚した。
主な偽装内容
- 「芝エビ」→実際はバナメイエビ
- 「鮮魚」→実際は冷凍品
- 「ビーフステーキ」→実際は牛脂注入加工肉
出崎弘社長(当時)の「偽装ではなく誤表示です」という発言が、テレビ越しに見ていた私を激怒させた。あの時の怒りは今でも覚えている。
連鎖した「自主公表」
阪急阪神ホテルズの発表後、帝国ホテル、プリンスホテル、JR四国系ホテル、リーガロイヤルホテルなど、全国の有名ホテルや百貨店が次々と同様の問題を自主公表した。
業界全体を震撼させたこの事件。しかし、私がこの事件で一番興味をもったのは「牛脂注入加工肉(インジェクションビーフ)」という存在だった。
当時の私の第一印象:名前が悪い
牛脂注入加工肉(インジェクション・ビーフ)
この名前を初めて聞いた時、正直「ドーピングみたいで嫌だな」と思った。
例えば、レストランのメニューに「あつあつステーキ(牛脂注入加工肉使用)」なんて書いてあったら、誰が頼むだろうか?私なら絶対に頼まない。
でも、亡くなった祖母の教えが頭をよぎった。
「見かけや肩書だけで人を判断してはいけない」
この言葉を何度も聞いて育った。だから牛脂注入加工肉についてもきちんと知ってから判断しよう。そう思い、いろいろと調べてみることにしたのだ。
調べて分かった真実
インジェクションビーフとは
当時、いろいろなサイトで調べた結果、以下のことが分かった。
製法
- 脂が少なく硬い赤身肉に、60本~100本の巨大な注射針が付いた「ピックルインジェクター」という機械で牛脂を注入
- サシ(霜降り)のような見た目になる
- 主にオーストラリア産などの赤身肉を使用
生産量
- 当時、年間8000トン以上生産されていた
- 主にファミレスや安いステーキハウスに販売
安全性
- 特に問題のある成分は含まれていない
- 乳化剤くらいで、マヨネーズにも入っているようなもの
- むしろ、産地不明のタレ漬け焼肉より安全だと思った
考えが変わった瞬間
調べれば調べるほど、私の考えは変わっていった。
牛脂注入加工肉は、私のような貧乏人でも安くて美味しい肉を食べられるようにした画期的な技術。
そう思えるようになった。
ハムやソーセージも加工肉だ。名前にインパクトがありすぎて、全く別の危険な存在のように思っていた自分が恥ずかしくなった。
2013年当時の結論
悪いのは、この肉を高級肉と偽って高額で提供した飲食店であって、この肉自体ではない。
製造企業からしたら、こんなに迷惑な事はないだろう。
この技術は何かをごまかす為の技術ではなく、その物(肉)を昇華させる為の技術だ。
「あ~、これ牛脂注入加工肉だったんだ。やっぱり安くて美味しいよね」
そう言ってもらえる時代が来るかもなと思ったものだ。
それから12年:何が変わったのか
法整備の進展
2011年:消費者庁の景品表示法「表示に関するQ&A」に、成形肉・牛脂注入加工品の表示ガイドラインを追加
2014年:景品表示法に課徴金制度を導入。不当表示に対する罰則強化
2015年:食品表示法施行。外食のメニュー表示も規制対象に
現在の表示ルール
- 牛脂注入加工肉を使用する場合、「やわらか加工」「霜降り加工」などの表記を推奨
- ファミレスやステーキチェーンでは小さく注釈をつけて表示
阪急阪神ホテルズのその後
驚くべき事実が、第三者委員会の報告書で明らかになった。
実は「偽装」ではなかった可能性
- 芝エビ問題:小さいむきエビは業界で「芝エビ」と総称する慣例があった。バナメイエビとの原価差は1kgあたり50円
- 牛脂注入肉:加工していない輸入牛肉より原価は高かった。顧客には「軟らかくて好評」だった
- 沖縄まーさん豚:納入業者が勝手に他県産に切り替えていたが、原価差はなし
認識の甘さやチェック不備は否めないが、「暴利をむさぼった」わけではなかったのだ。
出崎社長の「誤表示」という言葉は、もしかしたら正しかったのかもしれない。
2025年現在:インジェクション肉の実態
現在も普通に使われている
ファミレスでの表示例(2025年)
チェーン名 | 表示方法 |
---|---|
ガスト | 「やわらか加工肉」と小さく注記 |
ステーキのどん | 「お肉を重ねて接着剤にて結合し成型したお肉」と説明 |
フォルクス | メニューに加工の有無を明記 |
しゃぶしゃぶ温野菜 | 「うまみ肉とは…」と注釈 |
表示は以前より明確になったが、小さい文字で目立たないのは相変わらずだ。
消費者の認知度は?
SNSやブログを見る限り、まだまだ知らない人は多い。
よくある反応
- 「成型肉って何?怖い」
- 「接着剤で結合って書いてあって食べる気失せた」
- 「え、これ普通の肉じゃなかったの?」
一方で、理解している人の声も。
- 「表示されてるなら別にいい」
- 「安く肉が食べられるならありがたい」
- 「成型肉=悪じゃないでしょ」
成型肉との違いは明確に
12年前の記事で「結着肉には気をつけて」と書いたが、改めて整理しておく。
インジェクション肉(牛脂注入加工肉)
- 赤身肉に牛脂を注入して柔らかく、霜降り風に
- 肉の形状は基本的に維持
- 使用する肉は基本的に一塊の赤身
成型肉(結着肉)
- 屑肉や端肉を軟化剤でやわらかくし、結着剤で固めてブロック状に
- 複数の肉片を接着
- 植物性タンパク、乳タンパク、ビーフエキス、調味料、カラメル色素などを添加
注意点
- 成型肉は肉の内部まで菌が入り込む可能性があるため、中までしっかり加熱が必要
- 2009年にペッパーランチで成型肉の加熱不足により食中毒発生
インジェクション肉も一度針を刺すため、表面を焼くだけのレアはおすすめしない。
新しい潮流:代替肉・培養肉の登場
12年の間に、食肉業界に新たな選択肢も生まれた。
植物性代替肉
2024年: あづま食品が「グリーンサーフ」ブランドでヴィーガン認証シーフード「フューチャーフィッシュ」発売
2025年:DAIZ社の「ミラクルミート」がセブン-イレブンやモスバーガー台湾店に採用
培養肉
2024年11月:IntegriCulture社が培養肉スターター・キットを発表
2024年11月: Vow社が培養ウズラのフォアグラを発売
日本の代替タンパク市場
2024年: 1,239億円(推定) 2033年予測:さらなる拡大見込み
牛脂注入加工肉もSDGsや環境問題の観点から見直される可能性がある。赤身肉を有効活用し、美味しく食べられるようにする技術は、食品ロス削減にも貢献するからだ。
2025年版の結論
12年前と私の考えは変わっていない。
牛脂注入加工肉は、技術的には画期的で、安全性にも問題ない。悪いのは正直に表示せず高級肉として売った飲食店。
ただし、12年経って分かったのは、阪急阪神ホテルズは本当に「誤表示」だった可能性が高いということだ。
第三者委員会の報告を見ると、原価差もなく、業界の慣習に従っていただけのケースが多かった。「偽装ではなく誤表示」という出崎社長の言葉を当時の私は感情的に否定してしまった。
あと「牛脂注入加工肉」という名前に関しては、やっぱりもっとマシな名前に変えられないのかと思う。
「牛脂注入加工肉」という名前では、どれだけ安全で美味しくても、永遠に誤解され続けるかもしれない。