前回の記事で、AIデータセンター業界の構造的な欠陥を書いた。
借金でGPUを買い、AIの需要が右肩上がりに伸び続けることに全てを賭ける。コアウィーブの負債は249億ドル、調整後営業利益率はわずか1%。ブータンのビットディアは粗利益がマイナス。ネビウスですら年間200億ドル以上の設備投資を計画している。
全員がフルレバレッジで走るチキンレース。
では、このAIの巨大な波から、最もリスクの低い形で恩恵を受けるのは誰か。
それは、AIのインフラを建てる側ではなく、AIを道具として使いながら別の領域で価値を生み出す企業だと思う。
AIバリューチェーンの階層構造
前回の記事の結論を踏まえて、AIで儲かる企業を時間軸で整理してみた。
短期で確実なのは、データセンターの建設を請け負う企業。
冷却装置のVertiv、電力インフラのEMCOR、光接続のAmphenol。マグ7が2026年だけで7000億ドル以上を投じる建設ラッシュの恩恵を、借金リスクなしに受け取れる。建物はAIが成功しようが失敗しようが完成させなければならない。
短中期ではチップメーカーだ。
エヌビディア、AMD、クアルコム。チップが売れるだけで儲かる。ただし、グーグル(TPU)やアマゾン(Trainium)が自社設計チップを急速に進化させているため、エヌビディアの独占は永遠ではない。
そして、長期ではAIを「使う側」の巨人たちだろう。
グーグル、メタ、マイクロソフト。インフラを「手段」として使い、その上で広告、クラウド、エンタープライズ向けサービスという「実需」から利益を回収する。
最後に、全てのフェーズを貫くのが電力会社だ。
GPUは短期間で陳腐化する。データセンターの建物は20年で償却する。しかし電気は永遠に必要だ。AIの学習にも推論にも、ビットコインのマイニングにも、AIブームが終わった後の普通のクラウドサービスにも。テナントが変わっても、建物が建て替わっても、電気の需要は消えない。
2026年5月、ネクステラ・エナジーがドミニオン・エナジーを約670億ドルで買収すると発表した。ドミニオンは北バージニアの「データセンター・アレー」に電力を供給し、顧客にはアマゾン、マイクロソフト、メタが名を連ねる。
実は私自身、この「電力こそがAIバリューチェーンの最も手堅い層だ」という構造を狙って、ドミニオン・エナジーを保有していた。「世界最大のデータセンター集積地の電力を握る独立企業」というポジションに魅力を感じていたからだ。
しかし、残念ながら買収されてしまった。
狙い通りの展開が来たのに、来すぎた。ネクステラの巨大な時価総額に吸収されると、ドミニオン単体で持っていた「AI電力需要の直撃銘柄」としての株価インパクトは薄まる。とはいえ、ネクステラ株に転換されるので損をするわけではない。ただ、もう少し独立したまま株価が走るのを見たかった。
コアウィーブが潰れても、ネビウスが撤退しても、マグ7が自社データセンターに切り替えても、電気を使うこと自体は変わらない。電力会社はAIのゴールドラッシュにおける「酸素の供給者」だ。つるはしが壊れても、酸素は必ず必要になる。
ちなみに、最もリスクが高いのは「借金でインフラを建てるネオクラウド企業」だと思う。これは前回の記事で書いた通りだ。
しかし、このフレームワークの中に、もう一つ面白い層がある。マグ7ほどの巨大さはないが、AIの恩恵を受けつつ、インフラの重荷を負わず、独自の堀を持つ企業たちだ。
アドビ:「守り」の王者、しかし……
アドビは「AIを既存の巨大ビジネスの追加武装として使う」企業の代表格だ。
2026年第1四半期の売上は64億ドル、前年比12%成長。非GAAP営業利益率は47.4%。サブスクリプション売上は62億ドル。Firefly(AI画像生成)を既存のPhotoshopやIllustratorに統合し、データセンターを自分で建てる必要がない。
AIが大成功すればFireflyの利用が増えてアップセルが進む。AIが期待外れでも、PhotoshopとPDFという既存の堀は崩れない。どちらに転んでも致命傷を負わない。
ただし、以前書いたアドビの記事での懸念は依然として有効だ。
あの記事を書いた2025年11月時点で株価は333ドル、「52週高値から40%下落」と書いた。そこからさらに下がり、現在は約250ドル。決算はアナリスト予想を上回り続けているのに、株価は下がり続けている。
「売上は過去を、株価は未来を見ている」と書いたが、市場は今もなお未来に不安を見ている。Canva+Affinityの無料攻勢、AIネイティブ企業の台頭。「パイが大きくならない市場」という構造的な問題は何も変わっていない。
アドビの堀は深い。しかし、成長株としての魅力は薄れつつある。投資するならバリュー株として、という以前の結論は変わらない。

Zoom:5100万ドルが数十億ドルに化けた「隠し玉」
Zoomは全く違うタイプの面白さがある。
「本業は成熟期だが、初期に投資した非上場AI企業の株が爆発的に化けている」パターンだ。
2023年5月、Zoom Venturesがアンソロピックに約5100万ドルを投資した。当時は「普通の戦略提携」と見られていた。
しかしアンソロピックはその後、OpenAIやグーグルのDeepMindと並び、追い越すほどのスーパーAI企業に急成長。現在のバリュエーションは約3500億ドルだ。
Bairdのアナリストは、Zoomの持ち分を20〜40億ドルと推定している。5100万ドルの投資が約78倍。ただし、より保守的な見積もり(Spruce Pointの推定では約12億ドル)もあり、アンソロピックが度重なる資金調達で株式を発行しているため、Zoomの持ち分が希薄化している可能性は考慮すべきだ。
逆に、アンソロピックがIPOに踏み切った場合、バリュエーションは現在の3500億ドルを大幅に上回る可能性が高い。そうなればZoomの持ち分の価値はBairdの推定すら上振れする。
ここで重要なのは、Zoomの時価総額が約300億ドルしかないことだ。
アマゾンやグーグルもアンソロピックに数十億ドルを投じているが、彼らの時価総額は兆ドル規模。アンソロピックのIPOが成功しても株価への影響は微小だ。しかしZoomの場合、同じイベントのインパクトが桁違いに大きくなる。
しかもZoomの手元現金は約78億ドル。フォワードPERは16倍。ネットキャッシュと投資の合計が時価総額の最大48%に達している。
つまり、Zoomの株を買うと「本業のビデオ会議SaaS+78億ドルの現金+推定20〜40億ドルのアンソロピック株」がついてきて、それでPER16倍。
ただし冷静に見るべき点もある。本業の成長率は4%程度で、Microsoft Teamsとの競争は厳しい。アンソロピックの株は非上場で流動性がなく、IPOの時期も不確実だ。「隠れた宝石」だが、いつ現金化できるかは分からない。
シュレーディンガー:最も「珍しい」ポジションの企業
そして、最も興味深いのがシュレーディンガー(SDGR)だ。
この会社は、アドビ的な「守り」、Zoom的な「隠し玉」、そしてAI・量子コンピューティングという「攻め」を一社で兼ね備えている。こういう立ち位置の企業は、探してもほとんど見当たらない。
シュレーディンガーは、30年以上かけて構築した物理ベースの分子シミュレーションソフトウェアを、製薬会社にサブスクリプションで提供している。
AIもGPUも量子コンピューティングも、全て「自社のソフトウェアをより強力にする道具」として使う側にいる。データセンターを建てる必要も、エヌビディアのチップを何万個も買う必要もない。
「守り」:安定したサブスクリプション収益
2026年のACV(年間契約額)ガイダンスは2億1800万〜2億2800万ドルで、10〜15%の成長を見込んでいる。ノバルティス等の大手製薬がプラットフォームの利用を拡大し、トップ20の製薬顧客が成長を牽引している。
ただし、現在はオンプレミスからホスティング型ライセンスへの移行期にあり、ソフトウェア売上は一時的に21%減少、粗利率も80%から69%に圧縮されている。2028年末までにhigh 70%台に回復する見通しだが、それまでの数字は悪く見え続ける。
「隠し玉」:共同創業企業の株式ポートフォリオ
ここがシュレーディンガーの最もユニークな部分だ。
自社のプラットフォームで薬の候補分子を設計し、その分子を事業化するバイオテック企業を共同で立ち上げ、株式を保有する。そして、その企業が大手製薬に買収されると、莫大なリターンが入ってくる。
実績は圧巻だ。
武田薬品がNimbusのTYK2阻害剤を60億ドルで買収した際、シュレーディンガーは1億1100万ドルを受け取った。直近では、イーライリリーがシュレーディンガー共同創業のAjax Therapeuticsを最大23億ドルで買収すると発表。シュレーディンガーの持ち分は約6%だ。
さらに、Structure Therapeuticsの肥満治療薬(GLP-1受容体作動薬)のPhase 2で良好な結果が出ており、シュレーディンガーはここにも株式を保有している。肥満治療薬は現在、製薬業界で最もホットな分野だ。
累計で約7億ドルの現金を生み出し、将来のマイルストーンとして最大50億ドル、15の薬剤プログラムに対するロイヤルティが見込まれている。
Zoomにおけるアンソロピック株が「一つの隠し玉」だとすれば、シュレーディンガーにはパイプライン全体にわたって複数の爆弾が埋まっている構造だ。
「攻め」:AIと量子コンピューティング
シュレーディンガーはこの夏、「Bunsen」というエージェント型AIコ・サイエンティストの早期アクセス版をリリースする予定だ。複雑な分子設計のワークフローを自律的に実行するAIで、社内テストでは「生産性への影響が驚異的だった」とCEOが語っている。
量子コンピューティングとの接点も深い。分子シミュレーションは量子コンピュータの「キラーアプリ」として最も有望な領域であり、もし実用化されれば計算精度とスピードが飛躍的に向上する。
ただし、これが創薬に実用レベルで使えるタイムラインは楽観的に見ても5〜10年先だ。現時点の株価に織り込む必要はなく、「実現すれば巨大なアップサイド、実現しなくても既存のプラットフォームで十分戦える」という非対称的なオプション価値として捉えるのが妥当だろう。
リスク:赤字とバイオ特有の不確実性
見落としてはいけないのは、シュレーディンガーは依然として赤字企業だということだ。
2026年第1四半期の純損失は6000万ドル。手元の現金・有価証券は4億600万ドルあり、Ajaxの売却代金でさらに上乗せされるため資金ショートの心配はないが、本業だけでは自立できていない。EBITDA黒字化の目標は2028年末だ。
また、薬剤パイプラインの成功はバイオテック特有の確率のゲームだ。Ajax、Nimbus、Structureと立て続けにヒットしているが、次のプログラムが成功する保証はない。
実際、これらのリスクが上場以来、この企業に賭けてきた投資家を何度も失望させてきた。株価の長期低迷がそれを証明している。面白い企業と、儲かる株は違う。
ポテンシャルは認めるが、だからこそ入るタイミングが難しい。
「いつか報われる」と思って買った投資家が、何年も含み損を抱えたまま待ち続けるのはよくある話だ。面白さに惹かれて飛びつくのではなく、ソフトウェアの移行が完了して粗利率が回復する兆しが見えるか、あるいはパイプラインの次の大型イグジットが具体化するタイミングまで待つのが賢明かもしれない。
三者の比較:リスクとリターンのグラデーション
ここまで見てきた3社を、前回の記事で描いた「AIバリューチェーン」の中に位置づけてみる。
アドビは「守り」。売上260億ドル、営業利益率47%。AIが失敗しても本業は揺るがない。最もリスクが低いが、成長性への疑問から株価は低迷中。バリュー株としてなら検討の余地はあるが、ポートフォリオの主力にはしにくい。
Zoomは「隠し玉」。本業のPER16倍で割安に放置されつつ、アンソロピック株という爆弾を抱えている。IPOが実現すれば時価総額に対するインパクトは絶大だが、流動性イベントまでの忍耐が必要。
シュレーディンガーは「三層構造」。安定したサブスク収益(守り)、共同創業企業の株式(隠し玉)、AI・量子の技術基盤(攻め)。時価総額20億ドル前後に対して、潜在的マイルストーン50億ドル+ロイヤルティという非対称性は際立つ。ただし、この非対称性は上場以来ずっと存在していたにもかかわらず、株価には反映されてこなかった。構造は面白い。しかし、面白さだけでは株価は上がらない。
三者に共通しているのは、「AIの恩恵を受けつつ、インフラの重荷を負わない」という点だ。データセンターを建てる必要がなく、GPUを何万個も買う必要がない。AIのコンピュートは必要な分だけクラウドから借りればいい。設備投資のリスクを負わずに、AIの恩恵だけを自社の利益率に載せられる。
これは、コアウィーブやビットディアが抱える「AIが成功し」かつ「自社が選ばれ続け」かつ「借金を返し切る」という三重条件とは、構造が根本的に違う。
インフラを建てた者ではなく、使った者が勝つ
ここまでの議論を振り返ると、一つの結論が浮かび上がる。
建設会社は建物が建つだけで儲かる。エヌビディアはチップが売れるだけで儲かる。マグ7はAIが使われるだけで儲かる。しかしコアウィーブやネビウスやビットディアは、三重の条件が全て成立しないと儲からない。
そしてアドビやZoom、シュレーディンガーのような「AIを道具として使う側」の企業は、AIが進化すればするほど自社の堀が深まる。しかもインフラの重荷を負わない。
条件が増えるほどリスクは指数関数的に上がる。
鉄道バブルで勝ったのは鉄道会社ではなく、鉄道を使って商売をした企業だった。ドットコムバブルで勝ったのは光ファイバーを敷いた通信会社ではなく、その上でサービスを展開したグーグルやアマゾンだった。
AIでも同じことが起きるだろう。
インフラを建てた者が報われるとは限らない。インフラを使って何を生み出すか。結局、そこに行き着く。
ブータンのビットコイン売却という小さなニュースから始まった考察が、最終的にこの結論にたどり着いたのは、自分でも少し驚いている。しかし、投資の本質はいつも同じだ。
構造を見る。数字を見る。ナラティブに惑わされてはいけない。そして、嵐が来た時に沈まない船を選ぶ、だ。

