ブータンがビットコインを大量に売っているらしい。
「ブータン=幸福の国」のきれいなイメージしかなかったので、国家ぐるみで暗号資産を売りさばいているという俗世的なニュースは意外だった。しかし調べていくと、これは単なる暗号資産の話ではなかった。
ブータンという小国の資源戦略から、AIデータセンターという巨大産業の構造的な欠陥が一本の線で繋がっていた。
ブータンはなぜビットコインを持っていたのか
ブータンは金持ちだからビットコインを買い漁っていたわけではない。
ヒマラヤの豊富な水資源による水力発電が国内需要を大幅に上回り、電力が余っていた。国営投資会社DHI(ドゥルック・ホールディング・アンド・インベストメンツ)が、この余剰電力を使って黙々とビットコインを採掘していたのだ。採掘コストは実質ゼロに近い。
ピーク時には約1万3000BTCを保有。現在のレートで換算すれば1000億円以上になる。名目GDPが約30億ドル(約4650億円)の国にとって、これは国家予算の数割に匹敵する巨額の資産だった。
しかし今、ブロックチェーン分析企業Arkhamの追跡によれば、猛烈なペースで売却が進んでいる。月平均で約5000万ドル(約77億円)相当が取引所やOTCデスクに移動し、残高は約3119BTCまで減少。このペースが続けば9月には枯渇するとArkhamは推計している。
ブータン政府はこの売却を公式には認めていない。DHIのCEOは「最近BTCを売った記憶はない」と取材に答えている。しかしオンチェーンデータは明らかに大規模な資金移動を示しており、しかも過去1年以上、主要ウォレットへの大規模な入金(マイニングによる新規BTC)が確認されていない。
つまり「掘りながら売っている」のではなく、「掘るのをやめて、貯めていたものを取り崩している」可能性が高い。
売却の理由は「余裕があるから」ではない。おそらく「現金が必要だから」だろう。
新都市「ゲレプー・マインドフルネス・シティ」の建設、そしてAIデータセンターの誘致。国の命運をかけたプロジェクトの原資として、デジタルゴールドを現金化している。
ビットコインからAIデータセンターへ
ここからが本題だ。
ブータンはビットコインの採掘で培った「電力インフラ」と「冷涼な気候」を武器に、次の一手としてAIデータセンターの誘致に国を挙げて舵を切っている。
考えてみれば合理的だ。ビットコインの採掘もAIの計算も、やっていることの本質は同じ。「大量のコンピューターに膨大な電気を流して冷やす」。違うのは中身のチップだけだ。
しかも、ビットコインは価格のボラティリティに国家財政が振り回されるリスクがある。AIデータセンターなら、企業から安定した「計算代」をドルで受け取れる。
この戦略の中心にいるのが、ナスダック上場企業のビットディア(Bitdeer Technologies Group、ティッカー:BTDR)だ。
ビットディアという会社の正体
ビットディアは、名前の通りもともとビットコインのマイニング専業だった。
創業者のジハン・ウー(呉忌寒)は、世界最大のマイニング機器メーカー「Bitmain」の共同創業者で、ビットコインの白書を初めて中国語に翻訳した「中国暗号資産業界の父」とも呼ばれる人物だ。中国政府が暗号資産を全面禁止した後、シンガポールに脱出して現在のビットディアを率いている。
2023年にブータン政府のDHIと戦略的提携を結び、ゲドゥに100MW、ジグメリンに500MWという巨大なデータセンターを建設。現在はこれをAIデータセンターへ転換しようとしている…とされている。
「とされている」と書いたのは、ここに最初の違和感があったからだ。
数字が語る「違和感」
ビットディアの2026年第1四半期決算を見てみた。
売上高は1億8890万ドル。前年同期比で約170%増。数字だけ見れば急成長に見える。
しかし問題は中身。
売上原価が2億2800万ドル。売上高を上回っている。粗利益はマイナス3900万ドル。つまり、売れば売るほど赤字が膨らむ構造だ。
最終損益は1億5950万ドルの純損失。
「AIデータセンターで大儲け」というナラティブとは裏腹に、AIクラウド部門の売上はわずか370万ドル。年間経常収益ベース(ARR)でも約6900万ドルに過ぎない。同じ土俵にいるネビウス(Nebius)のARR 19億ドルやコアウィーブ(CoreWeave)の規模とは文字通り桁が違う。
しかも、ブータンの500MW施設をAIに転換する具体的な計画は、IR資料のどこにも見当たらない。現状はビットコインのマイニング用だ。
なぜ株価が伸びないのか
ビットディアの現在の時価総額は約31億ドル(約4800億円)。ナラティブの面白さに比べて、株価は低迷している。
理由は三つある。
一つ目は、資金繰りの苦しさだ。
AIデータセンターへの転換には、エヌビディアの最新チップを大量に購入し、インフラを整備しなければならない。しかし稼ぎが追いつかない。2026年2月にも3億7500万ドルの転換社債を発行。総借入額は約19億ドルに膨らんでいる。
自社株買いも実施してはいるが、それ以上の規模で新株発行(増資)を繰り返しているため、1株あたりの価値はどんどん薄まっている。右手で買い、左手で刷っている状態だ。
二つ目は、ビットコイン銘柄というレッテルだ。
収益の大部分が依然としてビットコインのマイニングに依存しているため、BTC価格が下がれば業績も株価も直撃を受ける。メタプラネットやマイクロストラテジーと同じ「暗号資産関連株」の枠から抜け出せていない。
ちなみに、2026年2月には企業財務からビットコインの保有残高をゼロにしている。「非拘束の電力用地取得機会に充てる」という説明だったが、要するに現金が必要だったのだろう。
三つ目は、中華系リスクだ。
創業者は中国人。シンガポール籍とはいえ、経営陣の多くは元Bitmain出身の中華系。米中テック冷戦の真っ只中で、AIデータセンターという「国家安全保障に直結するインフラ」を中華系企業に任せることへの警戒感は、米国の機関投資家の間で根強い。
エヌビディアがネビウスには20億ドルを直接出資したのに対し、ビットディアへの公式な評価(パートナーシップのランク)は最下位層の「ブロンズ」にとどまっている。
GPUという「溶ける担保」
ビットディアの苦境は、AIデータセンター業界全体の構造的な問題を映し出している。
この業界の急所は、GPUの寿命が3〜5年しかないことだ。
データセンターの建物は20〜30年使える。しかし中身のGPUは、新世代が出るたびに性能が2〜3倍に跳ね上がるため、数年で「旧式」になる。
つまり、「20年使える建物の中に、3年で価値が大幅に毀損する機械を詰め込み、その機械を担保に7〜10年の借金をしている」。資産の寿命と負債の寿命が根本的にミスマッチしている。
コアウィーブの負債構造がまさにこれだ。2026年第1四半期時点で総債務は249億ドル。その多くはGPUを担保に組まれた資産担保型融資だ。
融資する側は「最悪、GPUを差し押さえて売ればいい」と考えている。しかし、AI需要が冷え込んだ瞬間、中古GPU市場は買い手不在になる。全員が同時に売ろうとするんだから当たり前だ。
以前、プライベートクレジットの記事で「PIKローン」の危うさを書いた。あれは「利息を現金で払えない企業の借金を帳簿上で膨らませて、問題がないふりをする」仕組みだった。

GPU担保融資も本質は同じだ。「担保の価値は維持されている」という前提が崩れた瞬間に、全てが連鎖的に崩壊する。
コアウィーブですら危うい
「ビットディアは小さいから苦しいだけで、大手なら大丈夫」と思うかもしれない。
では、業界最大手であるコアウィーブの直近決算を見てみよう。
売上は前年同期比112%増の20.8億ドル。調整後EBITDAは11.6億ドル、マージンは56%。数字だけ見れば「めちゃくちゃ稼いでいる」ように見える。
しかし、その巨額のEBITDAを上回る規模で、減価償却費と利息の支払いが重くのしかかっている。GAAP営業利益率はマイナス7%。最終損益は7.4億ドルの純損失。Q1だけで利息費用は5.4億ドル。前年同期の2.6億ドルから倍増だ。借金が膨らむほど利息が利益を食い潰す。
稼ぐ力は凄い。しかし、稼いだ端から利息と減価償却に吸い取られ、手元には何も残らない。2026年の設備投資見通しは310〜350億ドルに引き上げられ、年間の資金燃焼率は約200億ドル。全額を債務と株式発行で賄っている。
受注残は994億ドルと巨大で、顧客との長期契約による一定の収益バリアはある。しかし、マイクロソフトが既にデータセンターのリース契約の一部を縮小する動きを見せているように、長期契約は鉄壁ではない。前提が崩れれば250億ドルの負債だけが残る。
エヌビディアがコアウィーブやネビウスに出資しているのも善意ではない。自社のチップを大量に買ってくれる最大の顧客が倒れないように必死で支えているだけだ。そしてその出資額(各社20億ドル程度)は、250億ドルの負債に対して焼け石に水だろう。
ウォール街も気づき始めた
この懸念は個人ブロガーの妄想ではない。
2026年5月20日、ブルームバーグが報じたBofA(バンク・オブ・アメリカ)の世界ファンドマネジャー調査(150人超を対象)によると、AIハイパースケーラーの設備投資を「将来的なシステミックな信用イベントの最大要因」として挙げた回答が約34%に達した。前月から倍増だ。
テック企業は昨年初め以降だけで3000億ドル(約48兆円)超を借り入れ、銀行関係者は今後さらに数千億ドル規模の調達が続くと予想している。JPモルガンのレバレッジドファイナンス部門マネジングディレクターは「案件規模は本当に指数関数的に拡大している」と指摘した。
同記事にはもう一つ見逃せない記述がある。「AIによって事業が脅かされる可能性のあるソフトウェア企業への融資に金融機関は慎重姿勢を強めている」。
以前、プライベートクレジットの記事で「SaaSpocalypse(SaaS黙示録)」を取り上げた。AIの台頭でSaaS企業のビジネスモデルが崩れ、プライベートクレジットのポートフォリオが焦げ付いている話だ。
今起きているのは、その裏表だ。AIインフラに金を貸す側は「本当に回収できるのか」と不安になり、AIに食われるSaaS企業に金を貸す側は「この会社は5年後に存在しているのか」と不安になっている。
どちらに転んでも、借金で回している企業にとっては逆風だ。
結局、誰が勝つのか
AIデータセンター業界を冷静に見渡すと、「全員がフルレバレッジで走るチキンレース」の構図が浮かび上がる。
コアウィーブもネビウスもビットディアも、AIの需要が爆発的に伸び続ける限りにおいてのみ生存できる。需要が少しでも踊り場を迎えた瞬間に、借金の重みで体力のない企業から順に脱落する。
では、このチキンレースで本当に安全な位置にいるのは誰か。
マグニフィセント7(グーグル、アマゾン、メタ、マイクロソフト等)だ。
彼らは2026年だけで合計7000億ドル以上の設備投資を計画している。
誤解のないように言っておくと、マグ7も借金はしている。アルファベットは4ヶ月で約600億ドルの社債を発行し、モルガン・スタンレーの予想ではハイパースケーラー全体の2026年の借入は4000億ドル超に達するとされている。メタのフリーキャッシュフローは前年比で大幅に縮小する見込みだ。
しかし、コアウィーブやビットディアとの決定的な違いがある。マグ7は「投資適格」の信用格付けを持ち、超低金利で長期の社債を発行できる。コアウィーブのようなジャンク格付け寄りの企業が高金利で借りるのとは、調達コストが根本的に違う。
さらに、仮にAI投資が空振りしても、彼らには広告、クラウド、EC、端末販売という巨大な本業がある。コアウィーブやビットディアにはその保険がない。AI需要が減速した瞬間に、債務の返済義務だけが残る。
この非対称性が、最終的にはマグ7だけが生き残る構造を作っている。
まとめ:歴史は繰り返す
この構図には既視感がある。
1840年代のイギリスの鉄道バブル。鉄道は確かに世界を変えた。しかし路線を敷きまくった鉄道会社の大半は過剰投資で破綻した。最終的に利益を得たのは、鉄道を「使う側」の産業だった。
2000年前後のドットコムバブル。インターネットは本物だった。しかし光ファイバーを敷きまくった通信インフラ企業は軒並み破綻した。彼らが敷いた光ファイバーは、後から買い叩かれてグーグルやアマゾンが格安で利用した。
AIも本物だろう。しかし、AIインフラの株が本物とは限らない。
ブータンの格安電力をバックにしたビットディアのナラティブは確かに面白い。しかし現実は、粗利益マイナス、AIクラウドのARRはわずか6900万ドル、総借入額19億ドル、中華系リスク。
「金さえあれば数十倍になるポテンシャル」という言い方もできる。しかし裏を返せば、「金がないから数十倍にはならない可能性が極めて高い」ということだ。
ブータンという国が、豊かな自然を武器にAI時代のゴールドラッシュに賭けている姿はロマンがある。しかし投資判断とロマンは別の話だ。
以前、プライベートクレジットの記事でこう書いた。
「好況時にしか成り立たないビジネスモデルを、あたかも全天候型の安全な投資であるかのように売ってきた」
AIデータセンターのビジネスにも同じ匂いがする。
ブータンの水力発電は確かに世界最安値クラスだ。しかし電気代がいくら安くても、GPUの償却サイクルという物理法則からは逃れられない。電気代で月に数百万ドル節約できても、数十億ドルのGPU投資が3年で価値を失うインパクトには到底かなわない。
穏やかな海で「うちの船は沈まない」と言っているだけなのか。それとも本当に嵐を乗り越えられる船なのか。少なくとも今の数字は前者を示している。


